映画と人とわたし

映画は時代の空気や、世代の感覚を伝え続ける、面白くて大切な文化だと思います。KINENOTEとこのブログに、見た映画の感想を記録しています。

エリオット・ニュージェント 監督「暗黒街の巨頭」2130本目

1948年、戦後すぐのアメリカ映画。

レオナルド・デカプリオ版とロバート・レッドフォード版の「華麗なるギャツビー」を見た後、例の大きな眼鏡の看板がこの映画でも大きい存在感なのか?がどうしても知りたくて、これもレンタルして見ました。

そうしたら、「ど頭」で出てきてびっくり。しかも、2つの映画に出てきたのと全く同じ絵柄と大きさです。私はレッドフォード版の感想で「辻にそびえる看板の眼鏡の中の目と、その向かい側の整備工場は、セットを使いまわしたんじゃないかというくらいソックリ」と書いたけど、この映画でもそうです。つまり出所はこの映画だったんですね。(この前後にも映画化されてたらしいけど、今や日本では見るすべがなさそう・・・)小説が出版されたのが1925年だから、この映画のときは「お母さんが若かった頃のお話」くらいの身近な時代だ。だから、この映画が一番、ギャツビーとデイジーの世界に近いはず。。

 ギャツビーはこの頃の若者なので、頭をキレイにまとめていて、かなりの紳士です。あっ!この人シェーンだ!どうりで見た顔だと思った・・・。その印象も手伝ってか、どこか律儀で生真面目なギャツビーです。一方のデイジーが天真爛漫で少女っぽいのは、どの映画でも共通ですね。

大学生のとき(←英文科)に原作を読んだときには全く「??なにそれ?」だったのが、映画を見てみると、どんな風にあの二つの目が人の行いを見ているかがよくわかる。この眼鏡の看板を思い立ったことだけでも、フィッツジェラルドって天才!と思います。(数十年後にしてやっとか)

わずか87分の短い作品なので、取り上げているエピソードは限られてると思うけど、ツボを押さえているので十分に説得力があります。

この映画でも、ギャツビーがなんとも悲しいのは変わらないなぁ。

それぞれの監督が趣向を凝らしても、同じものが伝わってくるのって、古典的名作の特徴でしょうね。いつかもう一度原作も読み直してみよう・・・英語で・・・・。

暗黒街の巨頭 [DVD]

暗黒街の巨頭 [DVD]