映画と人とわたし

映画は時代の空気や、世代の感覚を伝え続ける、面白くて大切な文化だと思います。KINENOTEとこのブログに、見た映画の感想を記録しています。

イエジー・スコリモフスキ監督「エッセンシャル・キリング」2128本目

ヨーロッパ4カ国の共同制作。スコリモフスキ監督は非・ハリウッド的で挑戦的な映画を作り続けてる監督だと思うのですが、この映画を作った意図はなんだったんだろう。タイトルを訳すと「必要な殺人」。それは、アメリカ人を殺したアラブ系の男を殺すこと?映画の中では、アメリカの軍隊から追われているアラブ系の男が、生き延びるために「必要に迫られて」犯しつづける殺人のことを指すと受け取った方が自然。

ヴィンセント・ギャロって、「バッファロー66」では、好きな女の子を映画にした男くらいにしか思わなかったけど(と言いつつあの映画わりと好き)、この映画では改めて、彼の風貌は”アラブ人”というよりアメリカ人の多くが信仰するジーザス・クライストのように見えます。そこが重要なポイントなんじゃないかと私は思ってます。このアラブ人が連続殺人犯の異教徒っていう特別な存在じゃなく、自分が崇めたかもしれない存在であることが。

クレジットの2番目に出てくるエマニュエル・セニエポランスキーの現妻で「告白小説、その結末」や「毛皮のヴィーナス」主演)は映画では最後の最後にしか登場しないし一見地味な役どころなんだけど、彼女の抜群の演技力が、そこではとても重要です。

飲み屋に出かけていたはずの夫は、朝彼が出ていく前に帰宅しなかったのか?彼女はなぜ彼を家に入れて、なぜ翌朝送り出したのか?彼女がスープを与えなくても彼は白馬の上で吐血したのか?

彼はどこへ消えたのか。彼は「自分の人生はこれでよかった」と思いながら死んだのか?・・・ いろんな、画面に現れない人々の思いや心情や事情があることを想像しながら見る。

この監督はいつも「犬死に」を描く、と私はなんとなく思ってるんだけど、この映画でも、最初に爆破されるアメリカ人たち、アラブ人が通りすがりに撃ち殺した善意の通行人たち、彼らにとって全く無意味な死がたくさん描かれています。それが、殺す側から見れば真逆の「必要な殺人」になるということが、あまりにも皮肉ですね・・・。

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