映画と人とわたし

映画は時代の空気や、世代の感覚を伝え続ける、面白くて大切な文化だと思います。KINENOTEとこのブログに、見た映画の感想を記録しています。

ジアド・ドゥエイリ 監督「判決、ふたつの希望」2122本目

レバノンパレスチナの関係性なんて考えたことなかった。地図で見たらまさに隣り合ってるんですね。レバノンイスラエルよりもシリアよりも小さい国なのに、どちらからも難民が流れ込んできていて、人口の10%に達してるという。現状に満足していない地元の人たちが、難民たちに神経を逆なでされたときに、どこまで我慢できるのか。どこまで我慢しなければならないのか。難民の側は、難民収容施設で暮らしながら労務作業に耐える毎日のなかで、どこまでの暴言に耐えられるのか。

戦争が悪いとか宗教対立が悪いとか、人間の外になにか一般市民の力の及ばない大きな悪があると想定して攻撃するのが一番楽でたのしいけど、ここであいまいにしたくないのは、全て人間の中から出てきたものだということです。

映画的には、親子弁護士の対決っていう世代・性別の対決が面白い。監督はクエンティン・タランティーノ組で映画を作っていたということで、「映画は面白くなければ」ということを叩き込まれているのかもしれません。面白いし、国全体としては中立だというメッセージにもつながります。社会的なテーマだけど、重くなりすぎずドキドキさせながらグイグイ引っ張っていきます。

調査の中で白日のもとに晒される40年前の事件。「ケンカ両成敗」(ちょっと言葉が軽すぎるけど)ではなく、両者の心の底からの微笑みで終われることが何より大事。

それにしても、原題「The Insult(侮辱)」と邦題の違いは大きいです。日本でこの映画を見るひとは、原題のままだと多分重すぎてぐっと数が少なくなると思う。いきなりのネタバレもいいところだけど、最初から「希望」と書いていないと厳しすぎるので、これはこれで意味のあるタイトルなんだろうなと思います。

判決、ふたつの希望(字幕版)