小津安二郎 監督「東京暮色」2056本目

久々の小津映画。一言でいうと「小津ってノワール系だったんだ」<ネタバレあり>

小津映画は上品な表面だけ見てもわからないというのを何度か聞いたことがあったけど、今日の今日まで(まあそうだけど)くらいにしか思ってませんでした。

この映画は最初から、孝子(原節子)は愛想がないし、すごく可愛い明子(有馬稲子)は常にぶすっとしてる。父(笠智衆)は娘たちに厳しく、“非行少女”明子は身の置き所がない。母の不在は彼女にとって、特に女性だけの問題を抱えているときに、大きな影響があったと思うけど、20歳をすぎたら親がどうでも乗り越えなきゃいけないものがある。理想的な父と母と兄弟姉妹が揃った美しい家庭なんて、本当はそんなにあるもんじゃないし。ここで「母の出奔が全ての原因だ、母親さえいれば全ては元どおり」と信じられたら救われる。父も姉もそうやって片付けて前に進もうとする。でも、現実はもっと有機的に複雑だ。母のいない家庭で姉はやたらと正義感の強い大人に育ち(とても長女的な性格)妹は拗ねてグレてしまったという違いが前提からしてあるのに、そんなに単純に物事を捉えないほうが・・・。

その出奔した母(山田五十鈴)は明るくてちょっとくたびれた中年女性になっている。母は娘たちに会いたい。姉は会わせたくない。いいから幸せな結婚をしろと妹に説く。父も次女を怒ってばかりいる。それぞれが自分なりの正義を振りかざしてる。人を疑わなかった一番幼い者が全部を負わされて、壊れる。

裏側のことを言うべきじゃないのかもしれないけど、有馬稲子が実際に結婚前に堕胎経験があるとのちに語ったことを考えると、この役を演じた前なのか後なのか、どちらにしてもどれほど辛かったかと、胸が苦しくなります。

この映画は、見るべきだなぁ。(今頃やっと見た私が言うか)小津映画の綺麗で整った画面の中には、どうにもならない辛さや諦めが詰まっている。という部分が、日本人だろうと何人だろうと、伝わる人には伝わると思います。監督の、一番小さき者たちに対する優しさと、無意識に傷つける人たちへの諦め・・・。最初から最後まで、彼女自身の傷ついた心に気を向ける人がいないのが切ないけど、小津映画で誰かの内面を誰かが慮るような場面は、そもそもあまりないですね。。

母と次女の対決の緊迫の場面でも、次女の死を長女が母に伝えに行く場面でも、のんびりした昼のラジオ番組みたいな音楽が流れてるというのも、逆説的で深いですね。踏切の側の「金鳳堂眼鏡店」の看板の、こちらを凝視している二つの目は、「華麗なるギャツビー」の道路脇の眼科医の看板を思わせます。二回も映るし、そのあとに事故が起こるわけなので、これはオマージュというかヒントというか。原作は1925年に書かれていて、1949年に「暗黒街の巨頭」というタイトルですでに映画化されてるから小津監督も見たかもですね。(これ取り寄せて、眼鏡の看板の有無を確認しなければ)

最後に一人残る父は、全ての遠因といえば遠因なんだ。家を長く空けて「家庭」を壊し始めたのは。でも、本当は、カッコつけるだけじゃなくて家族や大事な人たちの心を思いやれる優しさが、誰にも足りなかったからなんじゃないのかな・・・。

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