映画と人とわたし

映画は時代の空気や、世代の感覚を伝え続ける、面白くて大切な文化だと思います。KINENOTEとこのブログに、見た映画の感想を記録しています。

アマンダ・ケンネル 監督「サーミの血」1875本目

ラップランドといえばサンタとトナカイが住んでる、北欧の北の突端のあたりでしょ?というくらいの知識しかないのが、普通の日本人だと思います。ラップランドという呼び方が差別的だということも、サーミという民族のことも知りませんでした。すみません。

主役のエレ・マリヤ(レーネ=セシリア・スパルロク)が賢く大胆でインパクトがあるんですよね。
それにしても、こんな若い少女のエピソードが、「劣等民族の身体検査」と称して、並べられて裸の写真を撮られたり、お祭りで出会った少年との性愛だったりすることが痛々しい。
この子の風貌って「レミニセンティア」の少女に似てる気がするなぁ。あの子は日本人監督とロシア人プロデューサーの間に生まれたハーフで、サーミの人たちは遺伝子的にはモンゴロイド系遺伝子が混じったコーカソイドだというので、それほど遠くはないのかもしれない。

彼女は都会に出て勝手に名前を変えて、自分のトナカイを殺して家の宝物を売ったお金で学校に行って、その後どんな人生を送ってきたんだろう。年月を経て、思い出したくもない故郷に、まるで他人のように帰るってどんな気持ちなんだろう。
好きになった彼のいる場所に行ったら、「ヨイク」を歌えと言われる。めちゃくちゃ、こういうことに何度も何度も繰り返し晒されながら、ちっとも本当はサーミの血を忘れも克服もできずに、そうやって生きていったんだろうな。沈黙のなかの壮絶。

どうしても、彼女のそういう壮絶を見てみたいという悪い好奇心を抑えられないなぁ。