映画と人とわたし

映画は時代の空気や、世代の感覚を伝え続ける、面白くて大切な文化だと思います。KINENOTEとこのブログに、見た映画の感想を記録しています。

ルイス・ブニュエル 監督「昼顔」1872本目

1967年の作品。

カトリーヌ・ドヌーヴは美しくて端正で大人っぽいので、若いけど、初々しさや戸惑いがあんまり見て取れないんですよね。感情の起伏があまりないように見える。もっと若い彼女を「シェルブールの雨傘」と「反撥」で見たときには、弱々しいって感想を書いた記憶があるけど、この映画には弱々しさは全くなかった。この変化はなんなのか。お姉さんのフランソワーズ・ドルレアックが事故にあったのは1967年の6月。この映画の公開は同年9月で、昔は今より短いスパンで撮っていたとしたらちょうど時期が重なってた可能性もなくはないか。

セブリーヌは幼い頃の経験がトラウマになっているらしく、刺激的な行為でないと欲望を満たせないことから、優しい夫がいながら昼間だけの主婦売春を始める。現代でもありそうなテーマだけど、上品で冷たい感じさえするカトリーヌ・ドヌーヴが演じると、ちっともいやらしくなくて綺麗です。だいいち着てるものがトップファッションすぎる。娼館のマダムがまた綺麗ですね!スリムでショートカット、切れ長の瞳。
昼顔って名前のセンスも秀逸で美しい。
そして、こんな商売をしてたら本気になる男がいるのも当然。そのマルセルを演じたピエール・クレマンティ。本当にワルというかヤバい奴にしか見えない・・・。
そして若い頃のミシェル・ピコリは安定のいやらしさ(笑)。
フランス映画って病んだ人いっぱい出てくるし、美少女もこんなに病んでるんだけど、監督ってメキシコ人だよね?彼の映画はカトリックと歪んだ情欲がいつもテーマのように思えるので、この映画もその点で一貫してると思うけど、教会の影はうすくて、「ドヌーヴとピコりが出てる小洒落たフランス映画」という趣が強く、いつもの黒の濃いブニュエル色は感じません。撮影が違うからかな。この映画を撮影したサッシャ・ヴィエルニー という人は、他には「去年マリエンバートで」「二十四時間の情事」といったアラン・レネのロマンチックな映像を撮ったりしたらしいです。ブニュエル監督のこれ以外の作品は、撮影は割といろんな人がやってたようで、スペイン語の名前の人が多いけど「エル」と「ビリディアナ」も別の人だ。・・・要は、この映画だけ映像がフレンチなのが違和感あるな、と言いたかったのです・・・。

結末については、彼女の楽しい妄想で終わったってことなんでしょうかね・・・。夫は目が見えず体も動かないけど、話はわかるのだとしたら残酷です。ブニュエル監督はこんな善人が相手でも、男の欲望には厳しいな・・・。