ルイス・ブニュエル監督「ビリディアナ」1745本目

1961年のカンヌ、パルムドール
ルイス・ブニュエルの映画に出てくる人たちは濃いんだよなぁ。眉とか目力とか。この映画の場合、修道女から普通の女へと身をおとしていくビリディアナを演じるシルヴィア・ピナルの、思い込みの激しささえ感じさせる純粋な目力の強さ。みずからの性欲に翻弄される初老の叔父を演じるフェルナンド・レイは、別の映画では曖昧な対象の欲望に翻弄されてた人だ。生欲の強い悪霊に乗り移られたような弱い人間を演じさせたら、相当なものです。

真っ白い天使のような修道女が教会の対極にあるような世界へゆっくり歩んでいくというストーリーは、カソリックの強いスペインで「あるまじき映画」と言われるのも想像にかたくありません。
でも、イングマール・ベルイマン監督「処女の泉」の裏バージョン?のような感じもする。ベルイマン監督やミヒャエル・ハネケ監督なら、救いようのない冒涜を描写するんじゃないかと思うけど、ブニュエル監督は「ブルジョワジーの秘かな愉しみ」みたいに、うす明るいゆるやかな凋落を描く人だ。ビリディアナの”よごれ”は徐々に起こるからこそ、確実に彼女は中心から変性している。(でもそれって困ったことなのか?普通の女性になるだけなんだけど)アンチ教会というわけでもないよね?どうなんだろう。「こうでなければならない」と言われることが嫌いな人だったのかな。固い枠があれば壊そうとする。

「処女の泉」のような不幸は未然に防がれ、ビリディアナは埃っぽくなってきたとはいえ、まだ真っ白なままだ。でも彼女の白さを保つために退場させられた男たちはどうなるの?その責任感を彼女は感じなくていいのか?いや、感じている。かつ、彼女自身が、今まで信じていたもののために普通の人たちが抹殺されていくことのおかしさに気付き始めてしまった。だから彼女は教会へは戻らない。

モラルや宗教がテーマの映画って、見る時代によってまるきり評価が変わってくると思うので、50年前に見た人の、その時の感想を聞けたらいいなーと思いましたら。