1962年のイタリア映画。この監督の映画は「予告された殺人の記録」しか見てないけど、あれはよかった。この映画も、白黒なのに汗がムンムンするような中庭に横たわる死体から始まり、ラテン系の人たちにしかない「濃さ」を感じさせながら始まります。
いいですね。だいいち、山賊って何よ。シシリーは山岳地帯じゃなくて島だ。それにこの映画の原題はこの男の名前「サルバトーレ・ジュリアーノ」で、黒い霧というのは1960年の松本清張「日本の黒い霧」から来た「流行語」だそうだ(出典Wikipedia)。
実際この映画も「予告された」みたいに、ある殺人が結果としてあって、それを「なぜ?」「誰が?」「どのように?」と探っていく映画なのですが、これは実際にあった未解決事件がベースなので明快な答えは出ません。誰か、権威のある人たちが何かを隠そうとしている。シチリア独立とその反勢力に関わることのようです。
イスラム教徒みたいな黒衣を頭からまとったサルバトーレの母が、韓国の「泣き女」みたいに甲高い声で泣き叫び続ける声、ピショッタが牢獄の中で「毒を盛られた!毒を盛られた!コーヒーだ!」と叫び続ける声が耳に残ります。