ピーター・ウィアー監督「ピクニックatハンギングロック」1914本目

美しい。無駄に美しい。

岩山になぜ全員白のドレスで出かける。その後の場面では色のついた服をみんな着てるのに。これはつまり、この映画が様式であるという印だ。最初からリアリティを求めるなと釘を刺されてるんだ。

無駄に切なくてロマンチック。わかっていたけどソフィア・コッポラ「ヴァージンスーサイズ」はこの映画の彼女版だ。孤高の天女みたいな美少女たちと、彼女たちを閉じ込めようとする思い込みの強い大人たち、取り囲む崇拝者の少年たち。

 音楽も、ちょっぴり大げさだけど、映画が作られた当時の音楽らしくていい。今この映画を見る私たちは、1970年代の少女に戻って(死んじゃったのかしら、怪奇現象で異次元や宇宙に飛んで行ったのかな)などとドキドキしながら見るのが良いのです。

同じ1900年代が舞台でも、1975年に作られた映画と、2018年に作られた映像は、時代の匂いってものが全然違ってそれが良いから。

色々不思議な設定がある。<以下ネタバレあり>セーラのことを告げられた校長は、なぜもう喪服を着ているのか。その画面のまま彼女自身のことがナレーションで語られる不思議。

現実世界のほうでは死はリアルで物質的だけど、岩山では生も死も紙一重だ。

校長先生をはじめとする厳しい大人たちは悪のように見えるけど、鎧かぶとをかき集めて身につけていなければ立っていられない弱い人たちだ。岩山に流れるようにふわふわと消えていく美しい完全な女性たちが一番強いのかもしれないし。

失踪ものだけど「かわいそう」という感情と無縁なところがすごく良かったです。