映画と人とわたし by エノキダケイコ

映画は時代の空気や、世代の感覚を伝え続ける、面白くて大切な文化だと思います。KINENOTEとこのブログに、見た映画の感想を記録しています。

森田芳光監督「それから」1693本目

1985年の作品。
松田優作が若い。けど小林薫は変わらないなぁ。
藤谷美和子は、まさにはまり役。華やいだところのある穏やかな美人だけど、どこか、感受性が強くて予想がつかないところがある。この女性を好きになった男性は、他の女性に興味が持てなくなる、ということになんとなく、説得力がある。

とても綺麗な映画でした。
それぞれの人にじんわりと暖かい情感が感じられて、それぞれ、止むにやまれぬ事情で今の自分を生きている。間違っていたかもしれないが、こうしか生きられなかった。そういう意味で、皆とても正直だ。お金や名誉のために生きている人は出てこない。皆いい人だから、どうしようもないなという切なさが際立ってくる。

そして、本当に恥ずかしい話なのだけど、この原作を読んでいなかったので、夏目漱石が「こころ」以外にも友人の好きな女性への横恋慕を描いた小説が、それより前にあったということを初めて知りました。この時はまだ、多少はかない。「こころ」には悪い心が出てくる。黒い油みたいに体の中に溜まっていって、のちにその人を駄目にしてしまう。それに比べて、「それから」の主人公は潔くて美しい。

このあと二人はどうなったのか。
病気で女は長くなかったのか、男は仕事にもつけずに二人で心中したようになったのか。
いや意外と持ち直して、何食わぬ顔で元気に暮らしたのか。
長生きしたとしても、繊細な二人が心にやましいものを持ったまま幸せになれるとは思えず。

それにしても、このころの女性は本心を出すことなどなく一生暮らしたんでしょうね。今の女性も、また別のところでいろんなものを黙って抱えてたりするのかもしれませんが。

はぁ。なんだか最後にため息の出る映画でした。

それから [DVD]

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