映画と人とわたし

映画は時代の空気や、世代の感覚を伝え続ける、面白くて大切な文化だと思います。KINENOTEとこのブログに、見た映画の感想を記録しています。

アレハンドロ・ゴンザレス・イニャリトゥ監督「21グラム」1552本目

<冒頭からネタバレ>
日本なら、「彼の心臓を持つあなたの赤ちゃん・・・私この子と生きていくわ・・・」みたいな安易なカタルシスで終わる映画ができそうだけど、中南米のこの情緒は本当にたまりません。心の中の普段使わない部分が熱くなる感じ。「体の中に火力発電所みたいに激しいエネルギーを持ってしまって、他人にそのままぶつけて傷つけてしまった。。。どうしようもないんだ・・・」と、評価することなく振り返るのが中南米的(と勝手に解釈している)。韓国映画(ヤン・イクチュンとか)の情緒も深くてすごく好きだけど、あっちはためらいながらぶつけて、犯罪の後で立ちすくんで激しく自己否定するようなウェットさがある(と勝手に解釈している)。日本的情緒はどういう例になるんだろう。

意外と昔の映画、2003年といえば14年前。ナオミ・ワッツはちっとも変わらないけど、シャーロット・ゲンズブールは若い娘って感じ。「おみおくりの作法」のいい人が、ベニチオ・デル・トロ のワル仲間だ!(お説教するいい人の役だけど)
ナオミ・ワッツは今日も素晴らしく普通で、ショーン・ペンは素晴らしく自然にネガティブで、ベニチオ・デル・トロ は素晴らしくふてぶてしい。(デル・トロって、悪いブラピって感じじゃない?)

構成が複雑だけど、この映画ではとても効果的。
ショーン・ペン演じるポールが、血を流して(ナオミ演じる)クリスティーナに抱きかかえられ、そこにジャック(デルトロ演じる)もいる。・・・この3人それぞれの時間軸が遡ったり少し進んだりさらに戻ったり。ポールはクリスティーナではなくメアリー(ゲンズブール)と結婚しているようだ。このあたりで、一人二役かしら?と思う。そうではなく一人の人物だ、とわかる頃には時系列がうっすら見えてきます。

この監督の映画を見てると、追い詰められて落ちるところまで落ちて、一番みっともなく野たれ死ぬのが一番美しい、みたいな気持ちになってきます。