映画と人とわたし

映画は時代の空気や、世代の感覚を伝え続ける、面白くて大切な文化だと思います。KINENOTEとこのブログに、見た映画の感想を記録しています。

グザヴィエ・ドラン 監督「たかが世界の終わり」1501本目

くだんの監督の新作。
22のときに家を出て12年。弟が実家に帰ってきた。自分の死期が近いことを家族に伝えるために・・・。

タイトルが良すぎる。「永遠と一日」くらい良い。もうタイトルだけでお腹いっぱいだ。原題もまさに、英語で「IT'S ONLY THE END OF THE WORLD」フランス語で「JUSTE LA FIN DU MONDE」。
内容は、今回も、胸も胃も頭も痛くなるような息苦しい家族の愛憎だった。
この美青年(監督のこと)は何にこれほど苛まれ続けているのか。

レア・セドゥもマリオン・コティヤールも大好きだけど、初めて見るギャスパー・ウリエル君が可愛すぎました。グザヴィエ・ドラン君も美しいけど、この映画でギャスパー君に出会えて良かった・・・。
映画の中ではゲイで、目の表情が女性的なのがリアルにゲイらしいと思ったのに、実生活ではストレートらしい・・・。うーむ、好みの俳優に出会うとブログが下世話になってしまっていけません。

ヴァンサン・カッセルは好きな俳優、というわけではないんだけど、すごくいい役をよく演じる俳優ですね。
ドラン監督の作品には表層的な人物は一人も出てこないのですが、彼が今回演じている主役の兄アントワーヌは、家いちばんの厄介者。すぐ激昂して妹も妻も母も罵倒する。12年ぶりに戻ってきた弟(ギャスパー・ウリエル)も罵倒する。弟の深い事情も何も知らずに、彼の一見華やかな都会での生活を皮肉って当たり散らす・・・ようでいて、本当は、これが血なのかと言いたくなるくらい、弟のことをよくわかっている。罵倒されてばかりの妻(マリオン・コティヤール)も、そんな彼をよく知っている、んだと思う。自分が見たいものしか見ない、どこか狂信的な母親(ナタリー・バイ)とは違う。いつもストレートに反応する妹(レア・セドゥ)とも違う。・・・ようで、本当は母と妹こそ家族のことを深く愛しているのかもしれない・・・要は一言で言い表せるもんじゃないのだ、家族って。

でも不思議と、不快にはならない映画なのだ。(←それは主役が好みだからでは、ない、と思う)

他に気になったところ:母娘がラジオから流れる「マイヤヒー(!)」に合わせてエアロビらしきものを踊る場面。日本人ならもれなく、飲ま飲まイェーとか言いながら楽しい気持ちになります。