映画と人とわたし

映画は時代の空気や、世代の感覚を伝え続ける、面白くて大切な文化だと思います。KINENOTEとこのブログに、見た映画の感想を記録しています。

ウォン・カーウァイ 監督「ブエノスアイレス」705本目

1997年の作品か。
ウォン・カーウァイ 監督の作品は、この頃「恋する惑星」も「天使の涙」も「欲望の翼」も見たけど、この映画はホモセクシュアルものだと聞いたからか、見ないままでした。ツタヤでも貴重品コーナーにしかなかったのに、再発してくれて本当にありがとう!

冒頭からレスリー・チャントニー・レオンという美形の青年たちが、激しくからみあっているのを見て動揺。これは…その道の人たちが見るポルノ映画というのはこういうものでしょうか。これをよしとすると女性の私の場合、いわゆる腐女子ってことになるんでしょうか。…男女が同じようにからんでいても驚かないけど、軽くショックなくらいの非日常的な映像です。

ブエノスアイレスがどういう町なのか何も知らないけど、アジア臭のまったくない異国で、彼らの存在感は際立っています。強く、自己肯定的で、美しい。終盤に現れるチャン・チェンもとてもいい。映像のセンスも、音楽のセンスもかなり高くて、ストーリーは若干破綻してるけど、気まぐれな詩みたいに美しい映画でした。

破綻というのは、レスリーチャンだけが多忙で撮影を途中で切り上げなければならなかったため、急遽チャンチェンが途中から起用されたとwikiで読んで想像してみたんだけど。ラストに流れるHappy Togetherの歌詞は、”人生で私が愛したたった一人のあなた”でということはやっぱり、トニー・レオン演じるファイが、レスリー・チャン演じるウィンでなくチャン・チェン演じるチャンの実家の台北の屋台で彼の写真をくすねる、というのは「人生で二人目の愛するあなた」になってしまっておかしい。若干チャンの片思いっぽい雰囲気はあったので、ファイは彼を通じて改めてウィンを懐かしく思う、というねじれた関係というのかもしれないけど。
こう考える方が自然だ:
ファイとウィンはお互いのことを、世界にふたりといない大切な存在だと思っている。けんかばかりして、何度も別れてはまた”やり直す”。とうとう行く道は分かれてしまったーファイはイグアスの滝へ、ウィンは世界の果ての灯台へ。ファイはその後「ウィンの実家の」台北の屋台へ一人で行き、ウィンの写真をくすねてくる。ウィンは灯台にファイの悲しみを捨てにいく。また会おうと思えば会えるのだ(と思ってるのはファイだけ、だってウィンのパスポートは彼が持ってるから)。

でもストーリーはどっちでもいい。本当にこの3人は素敵です。激しいカラミがなければ買ってもいいくらい良かった。3回見ました!