映画と人とわたし

映画は時代の空気や、世代の感覚を伝え続ける、面白くて大切な文化だと思います。KINENOTEとこのブログに、見た映画の感想を記録しています。

熊切和嘉 監督「夏の終り」681本目

満島ひかり瀬戸内晴美を演じるなら見てみようと思いました。
もっと言うと、その相手が小林薫綾野剛ならますます見てみたい。

エロスってのは1:1のものだから、端から見てる分には別に色っぽい感じなど何もないのかもしれない。人妻が若い男に走り、その後妻子ある男と暮らすようになる、という背景があっても、この映画のなかの彼女と彼たちはちっともいやらしくありません。
異性にモテるとか、“男好きがする”とかっていうのは性質ではなくて才能かもな。恋をする才能。

ミヒャエル・ハネケ「ピアニスト」の中で若い男が母親ほどの女に向って「初めて会ったときから、僕と君がボルトとナットとしか思えないんだ」というずいぶん露骨なことを言うんだけど、そういうことなのかもしれない。

この映画は全編が薄暗く、セピアというより天然色に墨をうすく塗ったみたい。バーで流れる音楽ももの悲しくて、昭和ーなかんじ。ラストシーンだけ、きちんと日の光が差していて明るいんだけど、それだけで彼女の明るい未来を示しているとしたら、ちょっとわかりにくいなぁと思う。

彼女の気持ちや、こうならざるを得なかった事情を、想像するのも理解するのも、とても難しいけど、あーあ、な恋愛をしてしまったことのある人ってたぶん結構いるはず。若くてエネルギーがありすぎると、自分を傷つけるのに使ってしまうことがある。喫茶店で別れ話をしてたのに大泣きして抱き合ってしまうような恋愛、とか。
自分の中の衝動だけに正直にいようとすると、そうなるのかな。理性だけに正直なのと比べて、どっちも不自然だなー。

「もう頬づえはつかない」では、どろどろの関係をスパっと振り捨てて女は歩き出す、のだけど、ここまで周りの人たちを傷つけて、すかっとゼロから何かを始めるというのは、本当はとても難しいと思う。死ぬか出家するか、くらいしか選択肢はない。

ちなみに実際の彼と彼女の年齢差は12歳くらい。決して「親子ほど」ではないです。そして名を残したのは女の方でした。

評価しづらいけど、「暮しの手帖」のような味わいが、わりと好きです。