映画と人とわたし

映画は時代の空気や、世代の感覚を伝え続ける、面白くて大切な文化だと思います。KINENOTEとこのブログに、見た映画の感想を記録しています。

佐々部清「半落ち」288本目

2004年作品。

冒頭から、ミステリアスで重厚で丁寧な、名作の予感。
被告の寺尾聡、彼を取り調べる警視の柴田恭平、新聞記者の鶴田真由。なんか1990年代っぽい妙に安心する配役。

でも、121分のうち45分くらいでだいたいもう落ちがわかってしまって、あとは丁寧に最後まで描くだけではあり、かつ、骨髄移植については協会の協力も得て丁寧に調べて描いてある一方で、アルツハイマー認知症や介護については、おおげさで適当な描き方でしかないことが気になります。患者の世界につきあってあげるのが常識で、わざわざ辛い現実をつきつけるようなことはしないし、徘徊や異食をする人の介護をしていても人生を楽しめる人はたくさんいると思うけど、鼻歌を歌わせて何の苦労も感じてないように描くのは、一般常識からも遠いように思います。

これは私から見れば、服役中の人間に骨髄移植ができるか(当然できるべきだと思う)よりずっと重要な問題で、人が人としてどう生きるべきかってことを映画で描くんだったら見過ごしてはならないポイントなのです。本当に歴史に残る名作を作る人には、調べ残しはあってほしくない…と思います。