映画と人とわたし by エノキダケイコ

映画は時代の空気や、世代の感覚を伝え続ける、面白くて大切な文化だと思います。KINENOTEとこのブログに、見た映画の感想を記録しています。

新藤兼人監督「どぶ」256本目

1954年作品。

とてもとても貧しい長屋に流れ着いた、頭が弱いけど気立てのいい女、ツル。というか乙羽信子。彼女が転がり込んだ先は殿山タイちゃんと宇野重吉、どっから見てもいい人たちなんだけど、この映画では麻雀ばっかりやってるズルくて困った奴ら。
だまされて利用されてばかりのツルがふびんで愛しいです。

「道」のジェルソミーナよりもっとおおげさな演技で、乙羽さんがんばってますねって思うんだけど、個人的にはすーっと話に入っていけました。

この頃の映画には、今放送禁止になっているような言葉が心おきなく使われています。我慢しないで何でも言っちゃえ、王様の耳はロバの耳!的な爽快感。「パンパン」自体差別用語だと思うけど「パン助」はもっとやばいだろう。・・・等々。ことばの表面じゃないから、差別ってのは。

どうしてツルちゃんはいつも周りの人たちに利用されるんだろう。
優しすぎるんじゃないかな。まともすぎるじゃないかな。ズルい人が生き延びるように、世の中はできてるんだろうか。

最後に静かに横たわるツルちゃんの顔がとても清らかです。わかりやすい教訓や、きれいごととか、そういう「一言で言いきれること」ではなく、もっと柔らかくこまかい心のひだの間にたくさん詰まった大切なものを思い出させてくれて、切ないけど温かい、懐かしい気持ちになる映画でした。

貧乏長屋の人たちの顔ぶれが、良く見ると見たことのある人ばかり。上記3人のほかに、飯田蝶子藤原釜足中北千枝子、三崎智恵子、花澤徳栄、加藤嘉、松山紀子、左卜全・・・

やっぱり新藤監督の作品はいいなあ。激しいのも静かなのもいい。いつか全作品制覇しようと思います。