映画と人とわたし by エノキダケイコ

映画は時代の空気や、世代の感覚を伝え続ける、面白くて大切な文化だと思います。KINENOTEとこのブログに、見た映画の感想を記録しています。

フランソワ・オゾン監督「婚約者の友人」2207本目

この映画のタイトルと、エルンスト・ルビッチの旧作のタイトルを見ると、それだけでネタバレになるという不幸・・・。

<ていうかこの後もネタバレ>

登場人物に感情移入をすればするほど痛く苦しい映画で、アンナと同行して映画を進めていくと(注:感情移入して、くらいの意味です)、いたたまれないし、辛いし、もうこの子死んじゃうんじゃないかしらと思ったりするけど、最後の最後に愛情のこもったハグとキス、これ1つでなんかもう色々チャラで、開き直れてルーブルで怖い絵を見ながら「生きようって思える」という。彼女の精神の健康さに救われます。旧作のほうもこれと同じ結末なのかな?

”戦争の悲惨さ”とか”愛し合う二人を引き裂く許嫁の存在”みたいなステレオタイプに観客がはまることを許さない、距離を置いた監督の視点がユニークで強い。なんというか、見ている私たちもこの現実肯定的な態度に救われる。映画と一緒に絶望して大泣きするのも一つのカタルシスだけど、私はこういう結末の引き取りかたの方がほっとする。

はー、この後はカラッと明るい映画を見ようっと!

 

ポール・トーマス・アンダーソン監督「パンチドランク・ラブ」2206本目

人形劇のようなポール・トーマス・アンダーソン節が、この映画にも健在です。

主演のアダム・サンドラーは、多分見るの初めてだけど、出演作品リストを見るかぎ理、今後も見ないかもしれない・・・それほど、たくさん出てるのに知ってる作品がない。この映画で演じてるバリーは、一見普通なのに極端に堪え性がなくて、極端に思い込みが強い。ただ、彼の怒りにはだいたい共感できる。(怒らせた方も悪い!)およそ人生において「成功」ということに縁がなさそうな男なんだけど、見ていると、なんとかして人生の糸口を掴ませてやりたい、という気持ちになります。

奇妙な味わい・・・でも「マグノリア」にすごく通じるものがある。うまく外に出せないストレスを抱え続けて、最後の最後に、破壊的だけど破滅的ではない爆発を起こすところが。

食品を買うとマイレージがもらえるキャンペーンはアメリカン航空って言ってたけど、空港で映るのは懐かしのノースウェストだ。(飛行機好きなのでつい見ちゃう)マイルがもらえる キャンペーンって本当にあったのかな。よほど競争が激しくならないと(当時のUSみたいに)、こんなキャンペーンなんてやらないだろうな・・・。

悪徳テレクラ経営者役のフィリップ・シーモア・ホフマン、なんか生き生きと演じていて嬉しい。

この映画には、つなぎに出てくるインクを水に流したような映像とか、トラックから落ちてくる「ハーモニウム」とか、ピンとこないものもたくさんあるけど、最後「まいっか」と思えるのがポール・トーマス・アンダーソン節。

 

 

シドニー・ルメット監督「セルピコ」2205本目

1973年の作品。アル・パチーノってキムタクっぽい、いや、キムタクがアル・パチーノみたいな表情をよくするのか。この頃のアル・パチーノは美しい頰をした実に美しい青年で、榊原郁恵が「アル・パシーノ+アラン・ドロン<あなた」と歌ったのもこの頃だと思えば理解できます(笑)。スカーフェイスの頃ではありえない。

この映画はまさにキムタクが主役を張る日本のドラマか映画のような、正義の美青年(かなりヨゴレっぽいけど)vs悪い同僚たちという作品だなぁ。日本だったらもっと同僚たちが底意地が悪くて、主役を撃つのなんてあくどい同僚だったりすると思うし、結末は逆にスカッと同僚たちが彼を褒め称えたりすると思うんだけど、この映画の場合は

<以下、ここで言うのもどうかと思うけど、ネタバレ> セルピコは犯罪者に顔を撃たれて、命に別状はないけど左半身が不自由になって、スイスで引退生活。「金バッジ」と言う栄誉は得たけど、ワイロばっかりもらってる警官たちは、多分少しは反省したり懲罰を受けたりしても、まあ大部分は元気に勤め上げるのだと思います。そこが違う。そこが、なんとも、もやもやする。

スカッと勧善懲悪より、この映画の方がリアルだけど・・・。私はやっぱりこのアル・パチーノの、キムタクの目線が、好きになれないんだよなぁ。中身の詰まった男じゃなくて虚勢で固まった男の視線に思えて。好みの問題ですよね、きっと。

アル・パチーノはうんと歳をとって、哀愁を感じさせるようになってからの方が好きです。

セルピコ [DVD]

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ブライアン・デ・パルマ監督「スカーフェイス」2204本目

デ・パルマ監督の映画には、ものすごくいい映画とダメダメな映画があるけど、ものすごくいい映画にも、とてつもなくB級感が漂う。これは、B級感に満ちた傑作のほう。最悪に悪趣味で、最高に痛快。娯楽、エンタメってことの安っぽさをわかってる、あるいは染み付いてる。バカ売れするマンガみたいな映画だ。だからデ・パルマ監督って好き・・・。

一流の俳優たちが、真剣な顔をして滑稽な愚者を演じる。見てる人たちが、ちょっと自分たちより下に感じて、スクリーンを指差して爆笑できるような。アメリカの子どもたちが「stupid!」って大笑いするような。で、笑った後で「あいつ超カッケー!」って改めてリスペクトする。これこそカルト映画。

冒頭のアパートの壁がピンクと水色で、クラシックカーが走り回ってたりするフロリダが舞台なのがキューバ移民の町らしくて新鮮。アル・パチーノ演じるトニー・モンタナは、反骨心が身体から溢れ出しそうな若者だけど、大志があるわけじゃなくて大きく粋がってるだけ。やたらマウンティングしようとする取引先の生意気なやつ、みたいな感じに思えてしまいますね。運が良ければそこそこ成績を上げたり、まあまあ偉くなったりするけど、どんなに大きく張っても虚勢は虚勢。と最初から見切った感じで見てしまうのですが、この、偉ぶってるだけのチンピラっぷりが最初から痛くていいんです、アル・パチーノ

レンタルしたBlu-rayは特典も豊富で、出演者、映画をノベライズした作家、ゲーム(そんなものまである)でトニー・モンタナやジーナを演じた声優、デ・パルマ監督自身、色々な人たちがそれぞれの熱い想いを語るのも盛り上がります。

 この映画を見たあととか、中上健次千年の愉楽」を読んだあととか、人間って愚行の果てに死にたいっていう願望が本質的に強いのかなと思う。教科書も親も上司も、真逆の善行を積めとしか言わないから、抑圧された破壊願望がこういう映画で炸裂する。

1つ1つの場面に、コクというか旨味というか、気持ちよさがある。何度も見返して、味わいたくなる映画だ・・・・。

スカーフェイス (字幕版)

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ペドロ・アルモドバル監督「ボルベール 帰郷」2203本目

愉快だな〜。Desigualのデザイン(スペインのブランドだもんね)みたいな黒地に百花繚乱の色づかい。ペネロペ・クルス演じるライムンダの肝っ玉の強さ。理屈じゃない、女系家族の徹底した男運の悪さ。画面いっぱいの女たちのたくましさを見ているだけで、何が起こっても悲壮感のない作品に違いないと思ったらその通りでした。

感想を見ると、男性と女性とで評価が真っ二つに分かれるのも愉快です。

なぜ悲壮感がないかというと、彼女たちは男たちにひどい目に合わされても、相手を恨みに思うどころか、思い出そうともしない。彼女たちの思いはただ一つ、娘たちや孫へ向かい、反発心でますます強くたくましく生命力を増していきます。

多分、自分の娘に手を出すような男が改心することも絶滅することもなく、やられっぱなしの女たちにできることはあまりないけど、100人に一人くらいはこういう復讐というか勧善懲悪を実践することもあるぞ・・・と。何かしら男性の誰かに男性という権威をもって性的に嫌な思いをさせられたことのある女性なら、共感したりあっぱれ!と叫んだりするんだろうなと思います。

死んだはずの人が生きているとか、事実としてありうるのかどうかわからないこういう設定を見ると、私の好きな中南米の小説や映画の”マジック・リアリズム”はスペインからもたらされたラテン気質なのかな、とつながりに興味が出てきます。

しかしペネロペ・クルスって、可愛いお嬢ちゃんにも見えるのに、ごっついおばちゃんにも見える。女は怖い、って言われる女の典型かな。その姉のソーレ(ロラ・ドゥエニャス)はアイラインもほとんど引かず人の良さそうな普通の女性なんだけど、

何が起こっても意外と動じない。もうちょっと彼女の他の映画も見てみたいです。

ボルベール<帰郷> (字幕版)
 

 

アーマンド・イアヌッチ 監督「スターリンの葬送狂騒曲」2202本目

マイケル・ペイリンが出てると聞いただけで、キッツイ英国ユーモアの映画かなと思い、スティーブ・ブシェミが出てると聞くと、わざと悪趣味にアメリカ的軽薄さを嗤う映画かなと思う。で、舞台はソビエトスターリンが死ぬと来た。どうやってまとめるんだろう?・・・と最初は思ったんだけど、アメリカ色を殺したスティーブ・ブシェミフルシチョフが、スターリンの取り巻きの中でひとり、急病〜葬送の混乱の中でうまく立ち回って次のリーダーに成りかわるという権謀術数の映画でした。

スティーブ・ブシェミうまいよなぁ。でも、あの愛嬌のある「アク」の部分がなく、ロシアの悪い人ふうの役どころに徹してたのがちょっぴり残念です。

しかし、これほどの混乱や裏切りがあっても、さらっと当然のように運んでいって、「空恐ろしいわ!」というような震えも来ないというのは、私たちのロシア観から来る感覚なんでしょうかね・・・。

 

 

ジョン・キャメロン・ミッチェル 監督「ラビット・ホール」2201本目

ラビット・ホール、ウサギの穴。

この映画では、加害者となった少年が罪悪感を吐き出すように描きつづけたマンガのタイトルです。マンガの主人公はその穴を抜けて家族を探し出そうとします。映画では息子を失ったベッカ(ニコール・キッドマン)とハウイー(アーロン・エッカート)の夫婦が、それぞれのラビット・ホールで葛藤しながら、その先の道を見つけようとします。

妻は終始、感情的で少しヒステリックで、夫は愛情深く彼女を包みこもうとするのですが、そのたびに邪険にされて傷ついて行きます。二人とも少し壊れている。二人ともそれに気づかずに、まるで普段のように大きな裂け目の表面だけを撫でて均そうとしているけど、少しもうまく行きません。妻はなぜか加害者の少年に付きまとい、夫はセラピーグループで出会った女性とマリファナにふけったりする。

みんな少し壊れている。でも息子を失うほどの強烈なショックでなくても、人間はみんな一人残らず傷ついてるし、それをうまく修復できていない人の方が多い、とも思う。だからみんなこの映画を見て共感できる部分がある。

でもなぁ・・・この映画は、見る人に何かを強烈に伝えようとはしない映画なんですよね。淡々と進んで淡々と終わる。This is life、って感じ。ジョン・キャメロン・ミッチェル監督って、特徴がまだ掴めない。彼の作る映画がみんな「ヘドウィグ」や「パーティで」みたいなキッチュでカラフルな映画ってわけじゃないんだ。ニコール・キッドマンはどうしてこの映画を自らプロデュースまでしたかったのか。なぜ監督が彼なのか。わかるようで、まだやっぱりわからないのです・・・。

ラビット・ホール [DVD]

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