映画と人とわたし by エノキダケイコ

映画は時代の空気や、世代の感覚を伝え続ける、面白くて大切な文化だと思います。KINENOTEとこのブログに、見た映画の感想を記録しています。

ペドロ・アルモドバル監督「ボルベール 帰郷」2203本目

愉快だな〜。Desigualのデザイン(スペインのブランドだもんね)みたいな黒地に百花繚乱の色づかい。ペネロペ・クルス演じるライムンダの肝っ玉の強さ。理屈じゃない、女系家族の徹底した男運の悪さ。画面いっぱいの女たちのたくましさを見ているだけで、何が起こっても悲壮感のない作品に違いないと思ったらその通りでした。

感想を見ると、男性と女性とで評価が真っ二つに分かれるのも愉快です。

なぜ悲壮感がないかというと、彼女たちは男たちにひどい目に合わされても、相手を恨みに思うどころか、思い出そうともしない。彼女たちの思いはただ一つ、娘たちや孫へ向かい、反発心でますます強くたくましく生命力を増していきます。

多分、自分の娘に手を出すような男が改心することも絶滅することもなく、やられっぱなしの女たちにできることはあまりないけど、100人に一人くらいはこういう復讐というか勧善懲悪を実践することもあるぞ・・・と。何かしら男性の誰かに男性という権威をもって性的に嫌な思いをさせられたことのある女性なら、共感したりあっぱれ!と叫んだりするんだろうなと思います。

死んだはずの人が生きているとか、事実としてありうるのかどうかわからないこういう設定を見ると、私の好きな中南米の小説や映画の”マジック・リアリズム”はスペインからもたらされたラテン気質なのかな、とつながりに興味が出てきます。

しかしペネロペ・クルスって、可愛いお嬢ちゃんにも見えるのに、ごっついおばちゃんにも見える。女は怖い、って言われる女の典型かな。その姉のソーレ(ロラ・ドゥエニャス)はアイラインもほとんど引かず人の良さそうな普通の女性なんだけど、

何が起こっても意外と動じない。もうちょっと彼女の他の映画も見てみたいです。

ボルベール<帰郷> (字幕版)
 

 

アーマンド・イアヌッチ 監督「スターリンの葬送狂騒曲」2202本目

マイケル・ペイリンが出てると聞いただけで、キッツイ英国ユーモアの映画かなと思い、スティーブ・ブシェミが出てると聞くと、わざと悪趣味にアメリカ的軽薄さを嗤う映画かなと思う。で、舞台はソビエトスターリンが死ぬと来た。どうやってまとめるんだろう?・・・と最初は思ったんだけど、アメリカ色を殺したスティーブ・ブシェミフルシチョフが、スターリンの取り巻きの中でひとり、急病〜葬送の混乱の中でうまく立ち回って次のリーダーに成りかわるという権謀術数の映画でした。

スティーブ・ブシェミうまいよなぁ。でも、あの愛嬌のある「アク」の部分がなく、ロシアの悪い人ふうの役どころに徹してたのがちょっぴり残念です。

しかし、これほどの混乱や裏切りがあっても、さらっと当然のように運んでいって、「空恐ろしいわ!」というような震えも来ないというのは、私たちのロシア観から来る感覚なんでしょうかね・・・。

 

 

ジョン・キャメロン・ミッチェル 監督「ラビット・ホール」2201本目

ラビット・ホール、ウサギの穴。

この映画では、加害者となった少年が罪悪感を吐き出すように描きつづけたマンガのタイトルです。マンガの主人公はその穴を抜けて家族を探し出そうとします。映画では息子を失ったベッカ(ニコール・キッドマン)とハウイー(アーロン・エッカート)の夫婦が、それぞれのラビット・ホールで葛藤しながら、その先の道を見つけようとします。

妻は終始、感情的で少しヒステリックで、夫は愛情深く彼女を包みこもうとするのですが、そのたびに邪険にされて傷ついて行きます。二人とも少し壊れている。二人ともそれに気づかずに、まるで普段のように大きな裂け目の表面だけを撫でて均そうとしているけど、少しもうまく行きません。妻はなぜか加害者の少年に付きまとい、夫はセラピーグループで出会った女性とマリファナにふけったりする。

みんな少し壊れている。でも息子を失うほどの強烈なショックでなくても、人間はみんな一人残らず傷ついてるし、それをうまく修復できていない人の方が多い、とも思う。だからみんなこの映画を見て共感できる部分がある。

でもなぁ・・・この映画は、見る人に何かを強烈に伝えようとはしない映画なんですよね。淡々と進んで淡々と終わる。This is life、って感じ。ジョン・キャメロン・ミッチェル監督って、特徴がまだ掴めない。彼の作る映画がみんな「ヘドウィグ」や「パーティで」みたいなキッチュでカラフルな映画ってわけじゃないんだ。ニコール・キッドマンはどうしてこの映画を自らプロデュースまでしたかったのか。なぜ監督が彼なのか。わかるようで、まだやっぱりわからないのです・・・。

ラビット・ホール [DVD]

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ボブ・フォッシー監督「オール・ザット・ジャズ」2200本目

1979年の映画。華やかでキラキラしたミュージカル映画ね・・・と思って見ていたら、後半とんでもないことになってすごく驚いた。この後半が面白くてたまらない。正直なところ、ゲイっぽい雰囲気のわがまま放題の演出家がどう生きようと、あんまり知ったこっちゃないんだけど、死に際してそういう人の頭の中で何が起こるかってことには、身を乗り出すほど興味がある。

前半にもやたらと「キューブラーロスの死の5つの受容段階」の話が出てくるし、アンジェリークという名前の金髪のふわふわしたジェシカ・ラングもよく考えると変なんだけど、セックスのミュージカルより入院して手術を受けて死を前にして、否定して怒って取引をして落ち込んで受け入れるミュージカルの方が、1000倍新鮮だし面白い。

カンヌの人たちが好きな映画は、淡々と人や国家の深刻さを語る映画かと思ってたけど、そういえばヨーロッパの人たちはキツイ皮肉も好きだし、不幸を笑い飛ばすことも好きだよね。

最近「看取り」の勉強をしていて知ったキューブラー・ロスの名前が娯楽映画に出てきたのも驚きだけど、この人が女性だということも初めて知った。この映画はつまり、死の間際に”走馬灯のように自分の今までの人生が目の前に広がっていく”を映画化したものなんだな。すごいな。死と対局にある、生を謳歌する華麗なるエンタメの世界に、ゾンビ映画やオカルトでもなくリアルな死を持ち込むというアイデアが。私は死ぬときに、こんなに輝かしいショーを自分に見せてやれるだろうか?

ボブ・フォッシーの映画はほとんど見たことがなかったので、自伝的作品と言われても監督とロイ・シャイダー演じるジョー・ギデオンの共通点はわからないけど、ジョーはまさしく、才気走った欲望に忠実な演出家そのものでした。ロイ・シャイダーってすごい。もともと演出家でも振付師でもないなんて信じられない。まさか「恐怖の報酬」や「フレンチ・コネクション」や「ジョーズ」の彼らと同一人物だなんて。

映画を、よくわからなかったから2回見ることはよくあるけど、面白かったから2回見るのは滅多にありません。いやー、この映画は面白い。興味深くかつ楽しみも多い。ぜひ覚えていて、いつか自分が死ぬときに自分自身のショーと見比べてみたいです。

 

ピーター・イェーツ監督「ジョンとメリー」2199本目

Maryを「メアリー」でも「マリー」でもなく「メリー」と書いてたのは、メリー喜多川の頃くらいまでだろう。この映画も1969年という大昔の作品です。流行が繰り返すからか、ジョンとメリーを見ているかぎり、それほど古い感じはしないけど、同じ家に住む黒人カメラマンの髪型が昔ながらのアフロだったりするあたりが、パーマネント技術が古い時代だとわかるし、学生運動の激しさも70年台以前です。そんな時代背景はさておき。

ダスティン・ホフマンが出演する映画も、ミア・ファローの映画もたくさん見たけど、この二人を組み合わせるのは不思議です。ミア・ファローはアート系の映画に出る不思議ちゃんで、ダスティン・ホフマンは常識的な学生とかビジネスマンのイメージだから。

で、この二人の「出会ったその夜に泊まってしまってから」のことを、それぞれの心の中の気持ちを語らせながら進めていくのですが、「男と女」(1966年)をとうぜん思い出します。ニューヨーク版「男と女」を作ろうとしたのかな。一人語りが多すぎて、コントみたいに笑ってしまうところもあるけど、どんな男と女にもある、相手を知りたい、自分をわかってほしい、男って・・・、女って・・・、という心の中の葛藤とやりとりと、しつこくなく大人に描いていて面白い。ミア・ファローは少女っぽい不思議ちゃんなのに、どこか男よりも冷静。あくまでも男目線で描いてる映画だからなのかな。

男と女について思うときに、これから思い出してしまいそうな映画でした。

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ジョー・チャペル監督「ザ・ハッカー」2198本目

タイトルもジャケットもB級っぽいし、始まったとたん、女性がヌードで踊るバーで語り合うハッカーたちが出てくるし、あーあという感じもしたけど、面白かったですよ。

実在のネットワークセキュリティ専門家、シモムラ・トモを演じるラッセル・ウォンがコンピュータ・エンジニアにはありえないモデルのような垢抜けっぷりでカッコよくて、自己顕示欲と劣等感のカタマリのハッカー(悪い奴なので”クラッカー”)ケビン・ミトニックは、アメリカ映画の中の白人なのに安っぽい。

この映画の後にハッカーを描いた映画はいくつもあるけど、だんだんイケてないネルシャツ(または「Windows」とか書いたTシャル)にデニム、早口で空気読めないという実態に近い描き方が増えてきてると思います。この頃はまだ、アジア系のハッカーはガールズ・バーでブイブイ言わせてるイケメンかも、と思われてたのか。あるいは実態を知りつつ、あえてカッコよく描いてくれたのか。

まーどっちでもいいんだけど、軽く楽しむ分には面白い映画でしたよ。

この映画が作られたのは1999年、つまりWindows 95より後なので緑とか青のコマンド画面は古臭く見えただろうけど、1995年が舞台で構内システムのハッキングの話なので、当然のようにコマンド画面だったんだろうな(などと細かく切り込もうとする私自身オタクの仲間ですから、、、)

ザ・ハッカー [DVD]

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ウェス・アンダーソン監督「ダージリン急行」2197本目

いきなり登場するのが、さっきは「天才マックス」だったのにすっかり髭面の大人になったジェイソン・シュワルツマンエイドリアン・ブロディが飛び乗った電車にビル・マーレーは電車に乗り移れず、オーウェン・ウィルソンは顔中包帯だらけ。と、愉快なんだけど、色彩がインド的ではなくタイっぽい。キミドリとピンクのペイズリー、みたいなウェス・アンダーソン的世界。そこが、本当のインドと全然違う感じがしてしまう・・・インド的痛快さって大好きだけど、これは違う。外国の文化なんて、みんな大なり小なり誤解してると思うけど、誤解の仕方が私と違うのでなじめない。

三兄弟が仲良くなるために、不思議でカラフルな外国が必要だったんだろうな。これはインドという名の架空の国だと思えばいいのかな。うーん。

残念だけどあまり入り込めない作品でした〜。

ダージリン急行 (字幕版)