映画と人とわたし by エノキダケイコ

映画は時代の空気や、世代の感覚を伝え続ける、面白くて大切な文化だと思います。KINENOTEとこのブログに、見た映画の感想を記録しています。

ジム・エイブラハムズ 監督「フライングハイ」2062本目

アメリカの映画評論家が「史上最高のコメディ100選」とかに選びそうな映画。

最初から最後までアメリカンな小ネタの連続で、そのテンコ盛り感、サービス精神にお腹いっぱいになります。「サタデー・ナイト・ライブ」、あるいは「俺たちひょうきん族」のダイジェスト版でも見てるような感じ。感動とか納得とかを期待しちゃダメです。意外と楽しめるのは、今なら、40年近く前のアメリカのお笑いってこんな感じか〜という新鮮さがあるからかも。

面白くもなんともないことを繰り返してるうちに、なんとなく笑えてくる・・・という原始的で幼稚な笑いなので、アメリカのネタだけどだいたいわかります。(知らない有名人ネタもあるけど、言いたいことは伝わった)

お笑いはローカル文化がそのまま反映されるから、いろんな国のいろんな時代のコメディ映画をもっと見てみたいです。

フライングハイ (字幕版)

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セドリック・クラピッシュ 監督「スパニッシュ・アパートメント」2061本目

 ロマン・デュリスオドレイ・トトゥといった、私でも知ってるフランスの俳優が出てるフランス映画ですが、舞台はスペインのバルセロナウディ・アレンの「それでも恋するバルセロナ」のフレンチ・バージョン、ですかね。最初は学生たちの群像劇かなと思ったけど、やっぱり惚れた腫れたの大騒ぎ。地元スペイン人の他に、ドイツ人、イタリア人、イギリス人、と様々なユース・カルチャーが混ざり合って、若々しいけどちょっと猥雑な日々。

明るい日差しの中でガウディの建築物を訪れたり、バルセロナって本当にいいですね。フランス人から見てもスペインってのは開放的な街なんですかね。1年の滞在を終えてパリに戻って役所勤めを始めたところで、そういえば最初からこの子は一貫して夢を持ってたな、ということを私も思い出す。ああ、自由って素敵。自由+貧乏+不安定と、不自由+お金の余裕+安定と、選ぶのに必要なのは勇気だけかもしれません。この映画を見てると、自由の方を選べたら・・・という気持ちになりますね。

 

吉田恵輔監督「さんかく」2060本目

 2010年の作品。怖い映画だったわ〜

こうならないといいな、こうはなりたくないな、というのがどんどんエスカレートしてくと、最後こうなります、っていう映画。

小野恵令奈(この時まだ16くらい)って元AKBらしいのですが、ハラハラするくらいの幼いファム・ファタールぶり。この子一生男に不自由しないだろうけど、そのうち刺されて死ぬぞ、くらいな感じ。自信を持ちたくて、好きでもない男たちの気を引いて見る。どこ行っても人間関係を壊しそうな・・・。学年に1人くらいいた、可愛くて女子からは確実に嫌われるタイプの子です。

高岡蒼甫演じる百瀬は、簡単に誘惑される受け身な性格で、可愛い子に「こいつ、もしかして俺に気がある?」と思ったら、失恋確定するまでは追っかける。でも、留守電入れ続けるのしつこすぎてストーカーと化していきます。ここで10人中1人くらいまで絞られます。一番いそうなのは田畑智子演じる佳代で、女性なら誰でも起こす細かいヒステリー、真面目な分振られるとダメージ大きい・・・なんて思ってたらその後のエスカレートぶりがひどくて、これは友達いないな・・・。警察来ちゃうよね・・・。それにしても、なんともヒリヒリくる映画です。

最初に、気のない先輩を追って上京してきたのが桃で、それを追っかけてるのが百瀬で、それを追っかけてるのが佳代、という、辺と辺が結ばれることのない「さんかく」。 最後に百瀬は何を言おうとしていたのか。ちょっと難しい国語の問題みたいですね。

よくできた脚本、ぴったりすぎるキャスティング。地味だけどよくできた映画でした。この監督の作品、もっと見てみなきゃ。

さんかく 特別版(2枚組) [DVD]

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佐藤嗣麻子監督「K-20 怪人二十面相・伝」 2059本目

2008年の作品、今から11年前。って微妙。

明智小五郎仲村トオル、その婚約者を松たか子、二十面相の身代わりをさせられる曲芸師に金城武。盗まれる絵がブリューゲルの「バベルの塔」ってところは今っぽい気もするけど、単純すぎる勧善懲悪とか、金持ち=悪、政府=バカ、っていう設定とかが、私の苦手な「半沢直樹」的世界を醸し出していて、テレビ局主導の映画はやっぱりそうかと思う。終盤に向かって、セットやアクション、CGに手間とお金がかかってきて、大どんでん返しが仕込んであったりするのは、エンタメの王道を目指していていいと思うんだけど、どうしてテレビ局ものの映画ってこう脚本が薄っぺらいんだろうな。人間ってそんな簡単に変わらないよ、とか、本物のお嬢様がそんなこと言うかよ、とか「現実と違う日本の大衆の夢」みたいなものに合わせておもねるようなものを作るのって、志が低すぎないか。いつになくきつい言い方してますが。

旬なうちに見れば楽しめるのかもしれないけど、もう少し、長く見られて愛されるような映画を作って欲しいです。

K-20 怪人二十面相・伝 通常版 [DVD]

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ヴェルナー・ヘルツォーク 監督「カスパー・ハウザーの謎」2058本目

Amazonプライムのリストを見てたらこれがあって、何十年も前に聞いたようなタイトルに、昔のかすかな記憶を刺激されて借りてみました。ただし借りたのはTSUTAYA宅配レンタルです(今はこっちが少し安い)。今この映画みる人っているんだろうか。

ジャケットのカスパー・ハウザーの写真、エレカシの宮本がテンパってるときみたいな表情。この人が実際にやんごとなきお方の落としだねであったとして、運よくいい人に拾われていたら、幼き頃より秀でた才能を発露し、自助努力と強運によって本来の王の地位まで上り詰める、というファンタジー・ノベルになるんだろうけど、これが実在の人で、生まれはどうあろうと人に十分心を開くこともなく落命したという事実はあまりにも切ない。この人のことを思い出すともう「精霊の守り人」とか、運命の曲がり角を曲がり損ねた彼のことを思い出さずに見ることができなくなりそう。

表情をひとつも変えないんだけど、黙って涙をたらーっと流すのが、なんともいたいけで。こういう人っているよね。うまく(俺は悲しいんだぞ!)ってアピールもできずに、ただ悲しむ純粋な人って。笑いかたや泣き方って、周囲の人を見て学ぶものなのかもね。

カスパー役のブルーノ・Sの、完全にカスパーにしか見えない熱演と、感情的にならない演出のおかげで、胸を揺さぶる作品になっています。これ見てよかったなぁ。

 

ピーター・ウィアー監督「刑事ジョン・ブック 目撃者」2057本目

監督は「トゥルーマン・ショー」や「いまを生きる」のピーター・ウィアーだ。音楽はモーリス・ジャール。アクション映画に彼の壮大な音楽はミスマッチな気もするけど、この映画はアーミッシュが舞台だからちょっと特別な宗教的な荘厳さを狙ったのかしら。あどけないサミュエル君を演じたルーカス・ハースは、こういう風に成長したら理想!という感じのイケメン俳優になっていてもう42歳。34年も前の作品ですもんね。そして、何にでも出てたヴィゴ・モーテンセン、指輪前はヤクザ役ばかりかと思ったら、気のいいアーミッシュ青年にもなってたのね。

アーミッシュって、噂には聞くけど実態を何も知らない不思議なアメリカの人たちで、興味津々。「普通わかるだろ!」というトリックやストーリーがバレないことを自然に見せるため、未知の文化や時代を設定するのはミステリーではよくあることです。冒頭の彼らの姿を見て、ユダヤ原理主義の人たちかと思った・・・本人たちにして見れば「全然違う!」んでしょうね。失礼しました。

アーミッシュのことを知りたい一方で、貶めてほしくないなーという気持ちも強い。バブル全盛期に、対照的に清廉な彼らの生活は注目されたのかもしれませんが、今は逆にアーミッシュの清貧な生活をしたいと思ってる意識高いアメリカ人とかもいるんじゃないかな。といってもこの映画ではそれほど詳しくアーミッシュの生活は描かれてませんね。

この映画、むかーしテレビで見た気もしてたんだけど、結末を勝手に<以下、ネタバレなし>賢いサミュエル君がジョンの銃を巧みに組み立てて追っ手を撃って大団円、と期待したら違ってたので、多分見てなかったんだと思います(笑)。

 

小津安二郎 監督「東京暮色」2056本目

久々の小津映画。一言でいうと「小津ってノワール系だったんだ」<ネタバレあり>

小津映画は上品な表面だけ見てもわからないというのを何度か聞いたことがあったけど、今日の今日まで(まあそうだけど)くらいにしか思ってませんでした。

この映画は最初から、孝子(原節子)は愛想がないし、すごく可愛い明子(有馬稲子)は常にぶすっとしてる。父(笠智衆)は娘たちに厳しく、“非行少女”明子は身の置き所がない。母の不在は彼女にとって、特に女性だけの問題を抱えているときに、大きな影響があったと思うけど、20歳をすぎたら親がどうでも乗り越えなきゃいけないものがある。理想的な父と母と兄弟姉妹が揃った美しい家庭なんて、本当はそんなにあるもんじゃないし。ここで「母の出奔が全ての原因だ、母親さえいれば全ては元どおり」と信じられたら救われる。父も姉もそうやって片付けて前に進もうとする。でも、現実はもっと有機的に複雑だ。母のいない家庭で姉はやたらと正義感の強い大人に育ち(とても長女的な性格)妹は拗ねてグレてしまったという違いが前提からしてあるのに、そんなに単純に物事を捉えないほうが・・・。

その出奔した母(山田五十鈴)は明るくてちょっとくたびれた中年女性になっている。母は娘たちに会いたい。姉は会わせたくない。いいから幸せな結婚をしろと妹に説く。父も次女を怒ってばかりいる。それぞれが自分なりの正義を振りかざしてる。人を疑わなかった一番幼い者が全部を負わされて、壊れる。

裏側のことを言うべきじゃないのかもしれないけど、有馬稲子が実際に結婚前に堕胎経験があるとのちに語ったことを考えると、この役を演じた前なのか後なのか、どちらにしてもどれほど辛かったかと、胸が苦しくなります。

この映画は、見るべきだなぁ。(今頃やっと見た私が言うか)小津映画の綺麗で整った画面の中には、どうにもならない辛さや諦めが詰まっている。という部分が、日本人だろうと何人だろうと、伝わる人には伝わると思います。監督の、一番小さき者たちに対する優しさと、無意識に傷つける人たちへの諦め・・・。最初から最後まで、彼女自身の傷ついた心に気を向ける人がいないのが切ないけど、小津映画で誰かの内面を誰かが慮るような場面は、そもそもあまりないですね。。

母と次女の対決の緊迫の場面でも、次女の死を長女が母に伝えに行く場面でも、のんびりした昼のラジオ番組みたいな音楽が流れてるというのも、逆説的で深いですね。踏切の側の「金鳳堂眼鏡店」の看板の、こちらを凝視している二つの目は、「華麗なるギャツビー」の道路脇の眼科医の看板を思わせます。二回も映るし、そのあとに事故が起こるわけなので、これはオマージュというかヒントというか。原作は1925年に書かれていて、1949年に「暗黒街の巨頭」というタイトルですでに映画化されてるから小津監督も見たかもですね。(これ取り寄せて、眼鏡の看板の有無を確認しなければ)

最後に一人残る父は、全ての遠因といえば遠因なんだ。家を長く空けて「家庭」を壊し始めたのは。でも、本当は、カッコつけるだけじゃなくて家族や大事な人たちの心を思いやれる優しさが、誰にも足りなかったからなんじゃないのかな・・・。

東京暮色 デジタル修復版 [DVD]

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